【週刊 戦略調達 vol.38 2009.12.29】
真似てはいけないトヨタの調達

【今週のトピックス】

トヨタ自動車は、系列の部品会社に対し、部品価格を3年間かけて平均3割、
一部の部品には4割の引き下げを求めている模様です。
(出所:2009年12月23日 中日新聞、フジサンケイ ビジネスアイ)

最初にこのニュースを見た時には、通常の開発購買の話かと思ったのです
が、多くの新聞が「値下げを要請」と報道している事から、あくまでも推
測ですが、今回のトヨタの要請は、開発購買への協力、コスト低減目標の
共有ではなく、協力のお願いという形での一方的な目標購入価格の通告だっ
たのかもしれません。

今回の話が開発購買なのか、一方的な価格引下げの要請なのかという事は
あまり問題ではないのですが、この機会を捉えて、調達においては、トヨ
タの真似は一番最後にすべきという話をさせて頂きます。

トヨタは、弊社が申し上げるまでも無く、世界的にすばらしい会社です。
弊社でも、その経営哲学、カイゼン、平準化、JIT、自働化、品質の工程
内でのつくり込みなど、多くの考え方を参考にしています。

しかし、こと調達に限って言えば、弊社では、トヨタは最後に参考にすべ
き会社だと考えます。なぜなら、トヨタの取引先選定・管理は、調達とは
根本的に対立する思想が根底にあると思われるからです。

調達の価値の源泉は「自由」にあります。取引条件を選べる、取引先を選
べる、仕様を選べるなど、これらの自由度が高ければ高い程、様々な打ち
手が考えられ、その中から貴社にとってベストなものを選ぶ事ができるよ
うにするのが「調達」です。仕様の標準化のメリットの一つは、標準化す
る事で調達先を多様化する事であり、調達先の多様化は、ある工場でのラ
イン停止などの供給リスクの回避にもつながります。開発購買は、素材や
設計など、仕様の制約を外して自由にそれらを見直す事により、より良い
価値の提供方法を見出していく手法です。このように、調達でベストプラ
クティスと言われている手法の多くが、いかに自分を「自由」の立場に置
くかという事を念頭に生み出されてきている事が、調達の価値の源泉が
「自由」にある事を証明しています。

一方、トヨタの取引先選定・管理の背景にあるものは、「統合」と考えら
れます。聞いた話なので、真偽の程は定かではありませんが、トヨタでは
金額として8割は相見積を取っていないとの事です。なぜなら、サプライ
ヤの原価が正確に把握できれば、後は適正な利益を乗せるだけで適正な購
入価格が算出できるという考え方です。

文章で書くと簡単ですが、サプライヤの原価を正確に把握するというのは、
並大抵の事ではありません。たとえば、自社の製品・サービスであっても、
単品レベルで開発や物流、販売管理、メンテナンス・サービスも含めた正
確なコストを把握できていない会社が殆どの中で、他社からの購入品の正
確な原価の把握をする事がどれ程大変な事かは、容易に想像頂けるかと。

そのため、トヨタは、サプライヤの工程にも原価把握のための専門調査員
を貼り付け、相当な人員、工数、費用を掛けて、調達品の正確な原価の把
握に努めています。それでも、やはり、開発やメンテナンス・サービスな
どの製造原価以外のコストも含めた本当の原価の把握は難しいでしょう。

仮に、原価が把握できたとしても、本来は、サプライヤの適正な利益を買
い手が決める事はできません。サプライヤの適正な利益を決められるよう
にする唯一の方法は、そのサプライヤの経営権を握り、それらのサプライ
ヤを自社のオペレーションに密接に「統合」していくしかありません。

この難しい仕事を精緻かつ大規模に実現しているトヨタの力には本当に凄
いものがあります。しかし、「統合」には非常に危険な副作用があります。
それは、その価値の源泉である「自由」を捨てる事により、「調達」とい
う機能そのものを捨てるという事です。

サプライヤの経営権を握るという事は、その会社で働く人材を始めとする
様々なステークホルダーに責任を負う事でもあります。責任を負うという
事は、環境変化に応じて、迅速機敏に調達品の調達先を変えられなくなる
という事です。

「統合」は、このように、実施が難しい上に、失うものが大きい、非常に
ハイリスクな考え方です。にも関わらず、多くの企業が盲目的に、あるい
は、それが安易なため、取引先を固定し、個々の調達品をその取引先任せ
とし、その理由として、「トヨタも取引先を固定し、長期的関係があるか
ら、現在の繁栄がある」と言われます。しかし、そう言われる会社で、ト
ヨタと同じレベルで取引先の「統合」を目指している会社を見た事はあり
ません。これらの会社がやられている事は、たまたま良心的なサプライヤ
が彼らのできる範囲で尽くしてくれている事にあぐらをかいているか、実
は高い買い物をしているかの何れかです。これは、トヨタの行っている
「統合」とは異なり、「運任せ」と言った方が良いかもしれません。

優れた会社の業務プロセスを学ぶ手法をベストプラクティス、ベンチマー
キングと言いますが、自分のやっている事を正当化するために、優れた他
社を例にあげるのは、ベストプラクティスではありません。本来のベスト
プラクティスは、同業他社に限らず、業界、規模を超え、改善したいプロ
セスで最も進んでいるものから「学ぶ」事を意味します。航空会社がカー
レースのコックピット・クルーに給油・車体整備プロセスの短縮方法を学
ぶ、銀行がファーストフードチェーンに窓口でのお客様の待ち時間短縮の
方法を学ぶ、財務部門が物流部門にSCMの考えを応用した効率的なキャッ
シュマネジメントの方法を学ぶといったものです。

加えて、トヨタのサプライヤ「統合」アプローチが成功した条件に、1950
年代から2008年までの自動車産業の特殊性がありました。自動車は、これ
まで、3万点もの部品が、衝撃安全性、燃費、走行安定性、加速性など時
には相反する各性能を満たすために複雑に絡み合うため、各部品間ののき
め細かな相互調整や最適設計が必要となるすり合わせ型の産業でした。こ
うした厳しい品質要求に応えられ、且つすり合わせに掛かるコミュニケー
ションの手間を考えると、仕様変更や取引先選択の自由よりも、とにかく
必要量を供給できるサプライヤの確保が優先されました。「調達」におけ
る自由度があまりないために、必要な量を確保しつつも、コストを抑制す
るには、サプライヤを「統合」し、そのコストまで管理していくしか方法
がなかったのです。加えて、この期間は自動車市場が大きく伸びておりま
したので、「統合」によりサプライチェーンが肥大化しても、皆が仲良く
成長する事ができました。

このような前提条件が揃っていない市場で「統合」のアプローチを用いて
も、サプライチェーンの硬直化のリスクだけを背負う事になります。ベス
トプラクティスを用いるには、それが効果を上げるための前提条件が、自
らの置かれている環境に適しているかを見極めた上で、ベンチマークする
対象を決める必要があります。「世界的な優良会社だから」といっても、
すべての行動が参考になる訳ではありません。

まして、これからは、製品が多様化し、製品寿命が短くなる一方、技術変
化のスピードが非常に上がっています。そのため、多様な材を調達しなけ
ればならず、少数のサプライヤがすべての調達品でベストである事は少な
くなっています。また、ベストであったサプライヤであってもその地位を
すぐに失う事になります。

産業単位で見ると、全体が揃って成長していくという産業は少なくなって
いる上に、2008年の信用バブルの崩壊後、市場が縮小したまま、市場が縮
小していく産業が増えています。

このような環境下で、取引先、サプライチェーンを固定化する「統合」は、
その硬直性故、自分の首を絞める事になりかねず、あらゆる調達のオプショ
ンを検討した上で、出資をしてでもそのサプライヤを確保しなければなら
ないという時にのみ選ぶべき、最後の手段と言えます。だから、「たとえ
世界の優良企業のトヨタのものであっても、その調達アプローチは真似て
はいけない」とはっきり申し上げます。

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【編集後記】

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

実は、冒頭のトヨタ自動車の3年で部品調達コスト3割減の見出しを見た時
には、もっと違う文脈の記事を期待していました。それは、ガソリン車か
ら電気自動車に自動車産業がシフトしていく中で、トヨタが「統合」アプ
ローチを見直すというものです。

電気自動車の構造はシンプルで、部品点数は少なく、モジュール化が進む
事から、自動車産業がすり合わせ型からパソコンのような組み合わせ型に
シフトすると言われています。その変化を受けて、これまで世界的に見て
も国策企業以外の参入がなかった完成車市場に、海外ではベンチャー企業
が参入してきています。

自動車の産業構造が本当にこのように変化するのか、自動車の産業構造が
大きく転換する中で、トヨタは「統合」アプローチを維持し続けるのか、
自分達の直接取引先であるTier1は存続させ、それ以下の協力企業には
「自由」の原理を持ち込むのか、Tier1も含めて「調達」するようにする
のか、全く異なる概念の調達ベストプラクティスを築くのか、個人的には、
調達というより経営、ビジネスモデルの研究という観点で、トヨタが何れ
の道をどのように進むのかに注目しています。

今年はこれが最終号です。よいお年を。来年もよろしくお願い申し上げま
す(山本)

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【週刊 戦略調達】
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■創刊 2009/4/16
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