【週刊 戦略調達 vol.35 2009.12.8】
間違いだらけの北沢防衛相「軍服を海外に依存するなんて」発言
【今週のトピックス】北沢防衛相は11/27日の記者会見で、行政刷新会議の「事業仕分け」で海
外調達などによる自衛隊の制服購入費の縮減を求められたことについて
「軍服を海外に依存するなんて話は世界中で聞いたことがない。その国
と危険な状態になったら、おんぼろ服で事に臨むのか」と批判しました。
この発言は、企業で調達をめぐる誤った議論と重なる部分が多くあります
ので、北沢防衛相の発言を他山の石とするために、その誤りについて、確
認していきます。
■ 国内メーカでも海外生産、海外調達は進む
北沢防衛相の発言は、制服の流出防止、愛国心高揚、内需拡大といった観
点からのものと思われますが、国内アパレルメーカも縫製工場は海外自社
ないしは協力工場の活用が進んでいます。
源流にまで遡って、原材料、縫製工程をすべて国産とするを取引条件とし
ても制服の流出は防げません。何らかのチェック体制が必要です。チェッ
ク体制を設けるのであれば、海外調達を行っても、制服の流出は防げます。
制服の重要性を考えれば、国内企業だからチェック体制を緩める事ができ
るというのは、能天気な発想です。
■ 制服よりも大事なものを海外調達している
2005年から2008年で防衛装備品に占める海外調達品の割合は8~12%です。
その品目は、航空機、艦載滞空戦闘システムのイージスシステム、潜水艦
アンテナなどの通信電子器材、武器などが主要品目となります。
自衛隊の目的遂行を考えた場合に、どちらが重要かを考えると、上記の品
目の方が重要ではないでしょうか。やるべき事ではなく、できるものだけ
をやるというのは都合の良い議論です。
■ 軍服を輸入している国は多い
北沢防衛相の発言と異なり、先進国でも軍服を輸入している例は少なくあ
りません。ソ連崩壊後、軍事費削減の観点から軍服を輸入する欧州の軍隊
は増えているようです。英国は、90年代後半から、被服の調達をベルギー
など外国にも広げています。あちらでも問題にはなっていますが、最近で
は、中国で製造している業者が落札しました。ドイツはゴアテックスのパー
カなど製造に人件費のかかるものはトルコから輸入しています。トルコは
工賃が安いこともあり、NATO諸国に軍服を輸出しています。米国は軍事援
助の一環として被服も輸出してきましたが、これを調達コストを下げるた
めに中国製に切り替えているとの事です。(出所:清谷信一公式ブログ
清谷防衛経済研究所 「軍服海外調達『聞いたことない』=防衛相」
http://kiyotani.at.webry.info/200911/article_9.html)
■ 内向きでは限界の日本
信用バブル崩壊後、輸出の大幅な減少により、日本の国内総生産(GDP)の落
ち込み率が先進国中最大であった事などを受け、輸出依存からの脱却や内
需拡大の必要性を唱える論者が多くいます。また、今回の軍事安全保障、
環境問題、食の安全保障の観点から、地産地消が大きく叫ばれるようになっ
ています。
しかし、これでは、国民の生活は豊かにならず、生活が豊かにならなけれ
ば、社会の安定はありません。市場は需要人口×一人当たり需要額で決ま
り、人口が減っている日本では、内需拡大は投資対効果の観点から、高い
効果が見込めまません。これまでの少子化対策も効を奏していませんし、
現在の生活苦、将来への不安、嗜好の観点から、日本の人口が早期に増加
に転じる可能性は非常に乏しいと思われます。
一方で、移民受け入れには、国内の反発も強く、なかなか進まないでしょ
う。海外企業の日本への進出は、これまでの歴史や、市場としての中国や
インドの台頭から、日本は海外企業から市場として見向きをされなくなっ
ています。
何れの要素を見ても、日本は市場を海外に求めていかなければ、今後の国
としての安定は得られません。そうした中で、根拠の薄い安全保障を理由
に政府調達において海外調達の窓を閉ざす事は、日本が締結しているWTO
(世界貿易機関)政府調達協定にも反し、それによる他品目の市場確保へ
の影響を考慮する必要があります。
■ おんぼろ服で事に臨むのか
北沢防衛相は「おんぼろ服で事に臨むのか」と海外調達で供給がストップ
した時の懸念を述べています。馬子にも衣装でしょうか?
これを聞いた自衛官の方々は、口惜しくて涙が出た事でしょう。彼/彼女
らの誰も、服がどうだとかいう中途半端な覚悟で任に就いているとは思え
ません。
よく「コスト削減はスタッフのモチベーションを下げる」という事を理由
に、コスト削減を逡巡する経営者の方がいますが、なぜ「コスト削減がス
タッフのモチベーションを下げる」のか、良く分かりません。
考えられる理由としては、「必要な投資を削るという誤ったアクションが、
スタッフのモチベーションを下げる」という事ですが、そもそもコスト削
減とは、「必要な投資ではなく、過剰な支出を削る」事です。安直な行動
が問題であって、コスト削減に問題がある訳ではありません。
経費には既得権益の性格があり、コスト削減で出張手当や研修が減ったり、
オフィスが手狭になる事に不満を述べる経営幹部やスタッフがいますが、
大企業とベンチャー企業の両方を経験した人間から言わせてもらえば、環
境に不満を言う人間に良い仕事をする人間はいません。ベンチャー企業や
中小企業では、環境が不備なのは当たり前で、それに文句を言っていては
仕事になりません。大企業でも、良い仕事をしている人間は、環境に問題
があっても、それを所与の条件として業務を遂行し、環境が業務目的の達
成に障害となるようであれば、環境そのものを自らの力で変えていきます。
組織としては、仕事ができない事を環境のせいにする人間がチームに加わ
らない、そうした人間が加わってしまった場合にはそうした態度を変えて
いくべきであって、声は大きいが弱い者に組織全体を合わせていく事は、
組織を衰退させる事になります。
■ 事に臨む
リスク管理の基本は、危機(リスク)に備える事でなく、予め危機を想定
し対策を講じる事で、危機を回避する、それが無理ならば、リスクが生じ
る確率を下げる、もしくはリスクにより生じる損失を抑える事です。
国家安全保障では、その代償の大きさを考えると、事(戦争)に臨む事を
考える前に、あらゆる手段で、いかに戦争を回避するかを考えるべきです。
戦争は突き詰めると価値観の対立ですので、経済や文化交流を通じた相互
理解、相互依存を進める事で、発生確率を抑制する事が可能です。
また、全く予兆を感じ取れず突発的に戦争に突入するとは考えられません
ので、制服であれば、在庫を持つ事により、状勢の悪化に応じた調達先の
切替を簡単に行う事ができます。
最悪の事態を想定するならば、調達先から仮想敵国を外せば済む事であり、
海外調達すべてを否定する話ではありません。外交戦略の観点からは、鎖
国をするより、自分の味方になる国を増やしておいた方が得策です。
■ 世界中で聞いたことがない
「軍服を海外に依存するなんて話は世界中で聞いたことがない」という発
言は先に誤りである事を指摘しましたが、そもそも、他者の後追いをする
姿勢自体が問題です。
他者の後追いをするだけでは、決してイノベーションは起きません。日本
社会の活性化のためにイノベーションが求めている中で、閣僚トップがそ
れを否定するような発言をされては、この国では、やはりイノベーション
が起こらないとがっくり来てしまいます。
企業であれば、イノベーションを否定する事は死を意味します。企業の競
争戦略の基本は差別化であり、他者と同じ事をするだけでは、不毛な価格
競争に陥るだけで、お客様からも愛想をつかされてしまいます。差別化と
は、他者が提供できない価値、イノベーションを追求する事に他なりませ
ん。
前例がないからという理由だけで組織のトップが挑戦を否定してしまって
は、イノベーションどころか、時代遅れとなった慣行の是正もできません。
■ 聖域化が利権構造を生む
国防というテーマは、性格上秘密にしなければならない事は理解します。
しかし、過度の秘密主義、聖域化は利権構造、腐敗を生みます。2006年の
富士インダストリーズ、2007年の山田洋行の防衛省との契約における過大
請求の発覚は記憶に新しい所です。
日本経団連は、2004年「今後の防衛力整備のあり方について」、2009年
「わが国の防衛産業政策の確立に向けた提言」をまとめ、防衛関係費予算
の確保、武器輸出の解禁、防衛産業の育成を訴え、経産省でもこの論旨に
沿った政策研究が行われています。
しかし、経団連自らがまとめている通り、「わが国の防衛産業は、「産業
」と称しているが一般に大企業の一部門が防衛を手がけているケースが多
く、防衛事業の比率は高い企業でも10~20%、中には数%にすぎない企業
も多い。」「産業基盤としては規模・体制ともに不十分であると言わざる
を得ない。」「このまま細々とした生産を維持するのでは、人員の新規採
用も進まず、現在の技術者や現場技能者などの退職に伴い、後継者がいな
くなる事態に陥ることは必至である。このような厳しい環境のもと、各社
とも人員削減や民生部門へのシフトなどで対応してきたが、これも限界に
近づいており、すでに防衛事業から撤退したり、撤退を検討している企業
も少なからず出てきている。(出所:経団連 2009年
「わが国の防衛産業政策の確立に向けた提言」)」という衰退産業です。
防衛以外にも、環境、農業、医療、バイオ、科学技術、モノづくりなど、
今後の日本に不可欠と言われている産業は山のようにあります。国も企業
も予算が限られている中で、すべての産業に賭ける事はできません。
聖域を設けず、個々の産業の可能性、波及効果を見極め、どの産業を育成
し、どの産業では民間、他国の力に頼むかを見極める必要があります。
ベンチャー企業に居るからこそ、行政がどれだけ事業、ベンチャー、産業
育成において無力かは身にしみて感じます。企業経営者は、利権構造にす
がるのではなく、自力で事業育成に努めるべきです。
■ トップの思いつきが会社を駄目にする
「軍服を海外に依存するなんて話は世界中で聞いたことがない。その国
と危険な状態になったら、おんぼろ服で事に臨むのか」
この短い言葉の中には、これだけ批判に晒されるポイントが含まれていま
す。北沢防衛相は深く考えずにこの発言をしたのではないでしょうか?な
ぜなら、少し考えれば、ここに挙げたような批判は予想されるので、普通
の人間であれば、それらへの反証材料を明らかにし、主張の正当性を用意
しておくものです。
上の立場の人間になればなる程、その影響力の大きさから、「あれは思い
つきだから」では済まされません。
苦労して、新しい取引先を開拓し、技術、生産管理、製造、品質管理部門
を説得し、トップに報告した所、「新しい所だから何となく危ない」、新
製品の企画や業務改善策を提示した所、「他社がやっていない」という理
由だけで提案が却下される一方、上からの指示で「あそこは俺の知り合い
だから使ってやってくれ」。何れもよくあるケースではないでしょうか。
このような環境で、「新しいアイディアを出せ」「ぎりぎりまでコストを
下げろ」と言われても、誰もついてきません。
上に立つ人間であればある程、一言一言を噛みしめて、下の人間が鼓舞さ
れるようなメッセージを発し続けなければなりません。
あなたの言葉は、あなたが考えている以上に重いのです。
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【編集後記】
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
今回の北沢防衛相の言葉は、短いのに本当に突っ込み所満載です。
そもそも事業仕分けでは、靴下やアンダーシャツ等外から見えない部分ま
でを全て高い日本製にする必要があるのかという点でした。
また、自衛隊は軍ではありませんので、北沢防衛相は「軍服」ではなく、
「制服」と発言すべきでした。
こうした何気ない発言に、真意が表れるものです。繊細な問題に対するトッ
プの発言としては、不用意なものです(山本)
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